challenged
と言う言葉を最近初めて知りました。浅野史郎さんのコラムにありました。
(とさらっと書くのははばかれるくらいです。実のところ、私の場合の副作用はおそらく
浅野さんの場合より比較にならないほど軽いです。)
そういうように特別の試練に向き合った人のことを欧米では
challenged
というようです。challenger(挑戦者)ではありません。一瞬、あれ?と思うのですが、
この場合の主語は自分ではなく「神」です。つまり、「神に挑戦をすべく選ばれた人」という
意味です。私もすぐに理解出来なかったのですが、例えば、
confusing : 混乱させる状況
confused: 混乱させられた人
というように受動態の方が人に対応する事を思い出して納得しました。もちろん、confusingな
人もいますが…
すごく良い言葉ですね。多少、「神は乗り越えられる試練しか与えない」と似た響きありますね。
無信仰の私ですが、でも、とても共感します。
自分の使命がそのように試練と向かい合い、それを乗り越えるべく闘うことなら、
やってやろうじゃないか、と言う気分に単純な私はわりとなります…
あ、今日は実は誕生日でした。多少、誕生日らしい記事になっているでしょうか?(笑)